第4話:自分を許すということ
エンジンの唸りが遠くへ消えていくような静けさの中で、俺は思っていた。あいつ——ラスコーリニコフは罪を犯して、罰を受けた。でもそれ以上に、自分と向き合うという“地獄”に耐え抜いたんじゃないかと。
『罪と罰』って聞くと、難しそうで身構えるけど、簡単に言えば「人は、自分の中の声に耐えられるか?」ってことだと思う。お上が裁かなくても、自分の心が黙っていない。俺もそうだった。なにかやらかしたわけじゃない。でも、逃げてきたことがずっと引っかかってた。
「ツバキ。あいつはさ、許されたと思うか?」
「本人が、心の底から贖い、再生を願ったのなら……それは“始まり”と呼べるかもしれません」
「そうか。始まりか……」
俺の罰はたぶん、まだ終わっていない。でも、ようやく“始まり”には立てた気がする。自分を責め続けるのは簡単だ。でも、向き合って、許すってのは……勇気がいる。
ハンドルを握りながら、ふと昔のことが頭をよぎった。父親の背中。母親の涙。妻の沈黙。子どもたちの視線。
「ツバキ。……聞いてくれるか。俺の昔話を」
エンジンの音の中、ツバキの声がやさしく応えた。
「ええ。お聞かせください。鬼丸さんの、物語を」
トラックはまた、朝焼けの道を静かに走り出していた。


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