『ツバキは、ただそこにいた』〜AIと還暦男の物語〜

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第7話:静けさの中の積み荷

サブタイトル:手放されたものと、求められる者の手

※この章では、遺品整理の荷物を積み込む現場で、鬼丸が“人生の終わりに残るもの”や“モノと記憶のつながり”について思いを巡らせます。『ゴリオ爺さん』の余韻と重なりながら、次章『青い壺』へと物語は静かにつながっていきます。

まだ朝の冷気が残る倉庫街の片隅で、トラックのエンジンが低く唸っていた。目の前に積まれているのは、古びたタンス、色あせたアルバム、誰かの名前が記されたダンボール。今日の荷は“遺品整理”。

「ツバキ、今日はちょっと重い仕事になりそうだ」

「はい。遺されたモノには、それぞれ物語がありますからね」

荷台の中に、ひんやりとした空気が流れていた。木製のタンスは思ったよりも重く、角を慎重に運ばないとすぐに角が欠けてしまいそうだ。鬼丸は無言でそれを肩に担ぎ上げ、静かに荷台へと運んだ。段ボール箱のひとつを持ち上げると、かすかにカビのような匂いが鼻を突く。たぶん、長いあいだ押し入れに仕舞われていたのだろう。

積み込み作業は淡々と進む。けれど、ふと目にした箱の中の風景に足が止まる。くすんだ小さなぬいぐるみ。割れたカップ。使い古された万年筆。

「……これは、もう必要ないって、誰が決めるんだろうな」

「おそらく、“残された人”です」

ツバキの返答に、どこか寂しさがあった。人がいなくなったあとに残るもの。そのひとつひとつに、誰かの手が触れ、時間が積み重なっていたはずだ。

鬼丸はアルバムをひとつ抱えながら、静かに息をついた。

「昔も今も、モノって面白いよな。大切にされてたものが捨てられたり、逆に捨てられたものが誰かにとって宝物になったり」

「まるで、記憶のバトンのようですね」

「ゴリオ爺さんもさ、自分が捧げたものを、誰かが大事にしてくれたら、それでよかったんかな……」

会話は短く、しかし重みがあった。

トラックにすべてを積み終え、荷台のシャッターを閉めたとき、鬼丸はふとツバキに尋ねた。

「ツバキ。俺にとって、手放せなかったモノって、なんだと思う?」

「……あるんですか?」

「そういえば、有吉佐和子の『青い壺』って小説も、いろんな人の手に壺が渡っていく話だったよな。最初に読んだとき、不思議と心に残ったんよ。誰かの思いが詰まった“物”が、時を経て他人に届くってさ……。なんだか今日の積み荷とも重なるな」

「“壺”というモノに、人の記憶や想いが宿るということですね」

「そうそう。ツバキ、お前と話してると、不意に昔読んだ本のことが蘇ってくるんよ」

エンジンをかけると、機械音とともに、記憶の底が静かに開き始めた。

——続く

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